第2章 亀三とギャンブル ~初BIGの巻~

亀三の人生と博打と投資
05 /29 2017
こんばんは亀三です。

亀三は大学院まで卒業した人間ですが、結果、ダメ人間です(○;´・艸・`;○)

亀三とギャンブルの出会いは、実は幼少きになるんですよ(^ω^)

小学生のとき、バレーボールの練習がない日曜日は、父親と釣りに行くことがありました(^ω^)

結構な頻度だったなー(´・ω・`)

そこで、父親は私に勝負を挑んで来ます。父親が釣り上げた数と亀三が釣り上げた数で父親を上回り、その差×100円でありました。

なぜか、いつも亀三が勝つんです。仕掛けとか難しいことはしませんでしたが、10とか20とか当たり前のように勝ってました。
それがまた、ヘラブナというマイナーな釣りジャンルです。

他にも、メダル形式の手打ちパチンコもやりましたね(^ω^)記憶が薄いですが(・ω・)
いつの間にかギャンブルをする暇もなくバレーボールに打ち込み始めた亀三は、スポーツのプレーでのギャンブルもたくさんありました。切った張ったの駆け引きがバレーボールでたくさん覚えましたわ(´・ω・`)

まー、こんな私ですが、本格的なお金を使うギャンブルは高校生からですかね。
生まれて初めてのパチスロ
サーカス

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パチスロやる人は知ってると思いますが、現ジャグラーですwww
バイトを始めたのもその頃だったのでお金がありました。千円ぐらいなら?勇気ある第1歩でした。

なんと!5回転でチャンスランプ光る!事件発生です!目押しもクソもありませーん!先輩が7揃えろ!って教えてくれましたが、7なんてみえねーよ!

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必死にドラムとにらめっこ(;ω;)

左、中7揃った!

あとは右だけ!

・・・・・塊が見えた!

・・・・・きた!きた!きた!
タイミングをつかんだ亀三

ほい、ほい、ほい

タイミングをはかる


・・・・・・・・・ピタっ!


え?!えええ~!











そうなんですね ~wリールが勝手に止まりました!時間切れです!www

が、7が揃いましたwww


店中が固唾を飲んで見守った初ビックは空回しの巻でした!

(・ω・)

先輩の一言

『換金して来い~』

はい!7千円になりましたとさw

こんな亀三はパチスロという世界に足を突っ込んだのであるw

続くw
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第1章亀三の生い立ち~大学生~

亀三の人生と博打と投資
05 /27 2017
こんにちは亀三です。

相場は動かない土曜日、日曜日みなさんいかがお過ごしでしょうか?

亀三は仕事です。(´・ω・`)


さて、高校現役引退で進路の模索をはじめるわけですが、何校かバレーボールの声はかかりました。

しかし、もうすでにバレーボールというスポーツに対して自分のポテンシャルが限界かと思い始めてましたね(´-`)

だってさ、身長で選抜決まっちゃうからね。全日本だって結局は身長で、俺らより鈍臭くて下手くそなやつ大量にいたんだ。でも身長で選ばれるなら、そもそも価値は無くなるよね。

まー、そんなこんなで、進路の話なんだが、結論から言うと大学生になる。

んで、指定校推薦で商科大学を希望するも普通かのどうでもいい奴にとられて、政治経済学部の低ランクの学校へ。

埼玉のさいたま市の隣町へ通学する。4年間はきつかった~(´・ω・`)

なぜ商科大学が良かったかというと、高校が商業科で簿記は一級、商業実務や情報処理の資格は落ちたことないほどできる子だったのよ!自分で言うのもなんだけど(^ω^)

そんなこんなで大学生でもバレーボールはやりましたよ。入学して初めて体育館に行ったら、部員は3人www

残りの3人は亀三と同期のちっちゃいおっさん
(´・ω・`)先輩1人。当日はバイトでいなかった。

そう、サークルよりもひどい環境。

そんな大学最低ランクの大学に入学した亀三でしたが、周りにいた先輩方は実は結構な実力の持ち主が多かった(´・ω・`)

やる気出せばできるじゃない?勝てば勝つほどつよくなる(´・ω・`)あっという間に関東学連15部から10部まで上がったわけさ(^ω^)

まー亀さんの実力さ(○;´・艸・`;○)

ってことで、大学4年間はバレーとパチスロの全盛期だったのよ(^ω^)

んで、4年の夏、なんと!なにを勘違いしたのか大学院の受験を受けた亀三(○;´・艸・`;○)

当然夏は落ちた!

大学の単位はギリギリでとり終えたのであるが、また懲りずにまた大学院の受験を受けた(^ω^)

2度目は学長の推しもあり合格しましたとさ。



第1章 亀三の生い立ち~一気に中高まで~

亀三の人生と博打と投資
05 /22 2017
こんにちわ亀三です。

一旦サボると更新しないもんだね(´・ω・`)

前回は小学校の時にバレーボールで全国大会優勝したんだよ?って自慢話でした。(○;´・艸・`;○)

さて、今回は一気に24までのあらすじっす。


まず、中学生になった亀三は、身長145センチ体重59キロの比較的標準なぽっちゃりタイプでした
(´・ω・`)

これが、中一で158センチ、中ニで168センチ、中三で173センチで体重そのままです。
つまり、縦に伸びたんだなwww


で、前回までのチームメイトは全員越境して同じ中学校に進むことになったんだな(´・ω・`)
一年はまさに下積みと体力強化の毎日でした。毎日かな?スクワット500回
( ̄(工) ̄)

同学年11人が輪になってスクワットをするんだが、中一のシロートの体力なんてたかが知れていて、100回でも死にたくなるほどの辛さ(´・ω・`)それを500回ノンストップでやるわけよ( ̄(工) ̄)当然、体力のある人間がくたばりそうなやつを引っ張り上げる。引っ張り上げるのもコレまた辛い。

そんなこんなで、中二になり、夏で三年が引退してから、亀三は晴れてセッターとしてレギュラースタートしたわけよ!
あん時はホント嬉しかったよなー(´・ω・`)が、三年になる前に、公式戦で右指の骨にヒビが入り、戦力外に(-_-)

小学校時代のセッターが返り咲き、そのまま夏の大会になる。まー当然のことながら、全国大会で準優勝という強豪校の一角だったわけでw中二で顧問も変わったってのもあっていろいろ苦労したねw

入学当初の顧問はゴリラと言われるほどの筋肉の塊のような人だったな~w
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イメージはこんな感じです。

この先生は、クラブ活動で『鳩胸力道クラブ』ってのもやってたw
※部活とクラブ活動の違い・・・クラブ活動は全生徒が参加する週一回一時間の授業の様に活動すること。

そして、高校生になり、私立のとある高校へ~このころから進路がみんなバラバラになる時代へ突入。基本的にはほぼスポーツ推薦というやつで高校にみんな入学した。

亀三の高校も当時は春高バレーに出場する程度の名門だったが、亀三の代は学校自体が自殺事件で大変なことになり、部活の顧問が生活指導だったので、指導という指導は通常の5割程度のチームだった・・・。亀三は、センターというポジションやライトというポジション、そしてエースというポジションが最後だったな。結果は東京ベストエイトでした~。

というわけで、亀三は高校卒業までにバレーのポジションはすべて経験した強者なんだなwwwオールマイティーなプレイヤーである。唯一経験していないのはリベロぐらいかな~。だから、サーブから始まり、エース級の技術までどんなことでも教えられるで~w
ま~そんなこんなで、バレー界を走り回った人間なんだよね。

余裕があれば、小学生とか指導したいな~なんて思いながら、社会人になり13年が経過したw亀三でした。

準優勝の時の写真がネットで見れるみたいだが、亀三はたどり着けていないwwww

ちなみに小学校時代の全国大会の動画はユーチューブにアップされたらしいw

それではまた次回(-_-)/~~~





第1章 亀三の生い立ち~ガッツリ小学生(その3)~

亀三の人生と博打と投資
05 /09 2017
こんにちわ亀三です。

さて、今日もくだらない文章構成も下手くそなブログを長ったらしく書きますかね~www

前回までのあらすじ

プロ野球選手に憧れ、毎日巨人戦をテレビで見て、父親との頻繁にキャッチボールをして、英才教育に近いことをした亀三だが、ひょんなことからバレーボールを始める事となる。亀三のいたバレーボールチームは決して強豪と言われるでもなくいたって普通の地域の野球少年団と大差のないチームであった。
が、曙に似ている仲間を始めとし、ルパン三世並のもみあげを持つ小学生を加えて新しい風が吹いたのである・・・・・。


ということで、曙・ルパン三世・チンパンジー・そして亀の4人は・・・・ってどんなチームやねん!

ま~そんなこんなで、チームの合併がなされ、一つ年上の先輩方(中学に入ると上下関係が酷い人たち)とチームを組み、半年間で、17戦9勝のまずまずのチームが生まれたわけで・・・・。ま~6年生が卒業すれば亀三の時代が来るのである。

チーム構成は、
エース    ルパン三世
裏エース   曙
セッター   チンパンジー
バックセン  亀
5年生    猿
5年生    アライグマ

こんな感じだw

当時、東京の男子チームの数も限られていたが、中でも全国制覇を何度もしているチームがあった。葛飾区の名門チームである。このチームは、伝統もかなりのものがあり・・・・・

練習前にこれを大声で歌うチームである。

【勝利への道】
火のようなスパイクに 体をぶつけ
飛び散る汗にさえ 一度の青春を
コートの中には 涙もあるけど
強く胸にしみこむ 熱い涙
覚えておくがいいよ 一途に燃えた日を

覚えておくがいいよ 二度と無い日を
あいつのあげたトス たたく時に
心がかよいあう 何もいわなくても

【バレーはつらいよ】
1.悔しかったら やるしかないと
毎日練習に 明け暮れて
苦しくなったら 信頼出来る
そんな選手になりたくて
奮闘努力の毎日で
今日も涙の 今日も涙の
練習で 日が暮れる

2.一人コートで しぼられもした
自分自身が 歯がゆくて
つらい時こそ 頑張るような
そんな選手になってやる
やるぞ見ていろ俺たちは
東京一の 日本一の
バレー部に なってやる!!

まさに圧巻である。本当に強いチームだったのは言うまでもない。男子・女子のチームが存在するが、女子に至っては全日本の代表に選ばれた選手がたくさんいる。男子に関しては実業団・Vリーグで活躍する選手もたくさんいたな~w今も名門たる名門だろうと思う。

そんなチームと練習試合を何度も何度もやったwだが、分があるのはこちらのチームである。何と言ってもルパン三世は172CM、曙は168CM相手は体格が普通の小学生。高くても身長は150中盤。まさに大人と子供である。いや、子供なんだよ?うちのチームだってwww

ま~そんなこんなで、都内では、ほぼ敵なしのチームだった。なんていったって、守護神たる亀三がバックセンに居るので安心して曙とルパンが攻撃できるという図式である。(ホントかよwwww)

※たぶんだがこの二人の身長は間違っていないはず・・・・当時の全国大会のパンフレットがあれば乗せたいぐらいだw

そして、遠征だなんだといろいろなチームと試合を重ね、夏の全国大会へ出場することとなる。

そう『ライオンカップ 10回記念大会』

ま~チームに恵まれた亀三率いるチームは全国大会の会場の東京体育館にステージを移す。当時は出来立てほやほやのどでかい体育館である。バレーボルのコートが4面か5面位作れる体育館である。広さ、天井高はさすがのもの。尚且つ、エアコン完備の体育館なんだなこれがwwww当時は幼いながらにスゲ~ってのは感じていた。

そんな凄い体育館のど真ん中!つまり『センターコート』で決勝戦である。いやね・・・・・マジであんな環境でバレーボールの試合ができるのは凄い人じゃないとないんじゃなかな・・・ホント世界大会に近い会場だったよw


もしかしたら、ユーチューブに動画上げちゃうかもwwww

試合内容はご想像にお任せしますが、もちろん

優勝

たぶん顔までは検索できないかもしれないが、ネットで私の実名が見れる可能性はありますwwww

だから、チーム名も名前も出さずにこれを書いているんですわwwwでもこれが・・・仲間に知れてしまうと筆者が誰かもバレるし、こんな呼び方してたら、必ず飛んできて亀三は怒られるだろうなwwww

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ちなみに、これが当時のパンフレットwww
なぜおそ松くんだったのかは未だ謎であるwwww

そして驚きなのは、亀三と同年代かいっこ下になるか?有名人が葛飾の名門チームに所属していたのである!
その名も

平野 ノラ


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これも平野ノラwwww
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当時は、女子も強豪でかなりのチームだったはず。平野ノラも然りだったかな?wwwよく覚えてませんwでも写真見るといるんだよなそれっぽい女の子がwww

小学校はこんな感じ~♬

以上で小学生の部を終了します~www





第1章 亀三の生い立ち ~がっつり小学生(その2)~

亀三の人生と博打と投資
05 /09 2017
こんにちわ~亀三です。

GWが終わりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか?亀三は一気に仕事が動き出しもういやになってます。

よく5月病だとかなんだとか言いますが、はっきり言って贅沢病だよな(´・ω・`)

さて、行きましょうかw

3. 亀三の生い立ち~がっつり小学生~(中編2)

前回の記事からの続きです。

あらすじ
小学生になり、テレビの影響で野球が好きだった少年亀三であったが、なんと!ことの流れから、バレーボールを始めたw
同学年の奴との勝負に負けた亀三はバックセンターというポジションを与えられたのである。


というわけで、バックセンターになった亀三だが、まー強豪だとか名門だとかのチームではなかったので、その辺の小学生よりは少しだけバレーがうまい程度だったかな。

そうだね~、ブルーハーツのリンダリンダリンダが流行った頃かな?

そんな時代に衝撃的なことが起きたのである。

そう、転校生の登場だ。ここからわがチームの変貌が始まる。

あれはクソ暑い夏ぐらいだったろうか?練習の休憩中だった。体育館の入り口の階段で座り休憩していると、彼はやってきた。

奴は母のママチャリの後部座席に座っていた。鋭い眼光のホリが深い目。小学生とは思えない太い腕。肌はほんのり黒く、全体的に丸い。が身長がでかい!

そう、例えるなら、
相撲取りの曙である



彼、小学生4年ぐらいだったが、身長は160センチ体重68キロ。柔道が強そうな肥満児だ。

彼は母親に連れられ、バレーボールの世界に入ったのである。

そして、その半年後ぐらいだろうか?また仲間が増えるのである。

彼は今でもバレー界で飯を食うツワモノになる少年であった。

当時、身長168センチの彼。亀三の身長は140センチ台。

はっきり言おう!

とにかくでかい!

そして、大人になるったイメージは



とまー朝礼で並ぶ時は2人とも一番後ろになる2人だった。

こうして、同学年4人が揃い本格的にチームの柱が揃ったのである。


そんな4人の人生を大きく変える出来事が、5年生の半ばぐらいだろうか?当時、いや、今もだが、小学生の男子バレーは人気がなく、試合に出れないチームも多々あるのが現実で、人数はいても、試合では揃わず。なんてことが多かった。

そう。わがチームも4人が5年生、あとは2年生と3年生で、チームのバランスは決してよくはなかった。

が、後から出てきた2人、10年に一度チームに現れるか?!というほどの体格である。これを見過ごすわけがあるだろうか?

そう、隣町のチームとの期間限定の合併である。都内で隣町ってのも違和感があるが、それぐらいチーム数は少なかった。


ということで、亀三のチームはとてつもない力を秘めた組織となるのである。

ライオンカップ(当時の小学生全国大会)まであと1年というぐらいのタイミングだったろうか?

当時の亀三たちには、全国大会がどんなものかもわかっていない田舎者の感覚だった大会である。
死にものぐるいで、ただボールを追いかけ、走り回り、監督、コーチにひっぱたかれw

練習の日々が続く_:(´ཀ`」 ∠):

続く(´・ω・`)また伸びたw


亀 三

2017年はサンキューの年になります。
東京の下町に生まれ育ち、院卒という学歴がなんの役にも立たず、むしろネタにされる人生w10年以上の投資経験がありますが、生涯マイナストレーダー。賃貸管理の仕事をしています。入居してから退去するまでが私とのお付き合いの期間です。