第1章 亀三の生い立ち~ガッツリ小学生(その3)~

亀三の人生と博打と投資
05 /09 2017
こんにちわ亀三です。

さて、今日もくだらない文章構成も下手くそなブログを長ったらしく書きますかね~www

前回までのあらすじ

プロ野球選手に憧れ、毎日巨人戦をテレビで見て、父親との頻繁にキャッチボールをして、英才教育に近いことをした亀三だが、ひょんなことからバレーボールを始める事となる。亀三のいたバレーボールチームは決して強豪と言われるでもなくいたって普通の地域の野球少年団と大差のないチームであった。
が、曙に似ている仲間を始めとし、ルパン三世並のもみあげを持つ小学生を加えて新しい風が吹いたのである・・・・・。


ということで、曙・ルパン三世・チンパンジー・そして亀の4人は・・・・ってどんなチームやねん!

ま~そんなこんなで、チームの合併がなされ、一つ年上の先輩方(中学に入ると上下関係が酷い人たち)とチームを組み、半年間で、17戦9勝のまずまずのチームが生まれたわけで・・・・。ま~6年生が卒業すれば亀三の時代が来るのである。

チーム構成は、
エース    ルパン三世
裏エース   曙
セッター   チンパンジー
バックセン  亀
5年生    猿
5年生    アライグマ

こんな感じだw

当時、東京の男子チームの数も限られていたが、中でも全国制覇を何度もしているチームがあった。葛飾区の名門チームである。このチームは、伝統もかなりのものがあり・・・・・

練習前にこれを大声で歌うチームである。

【勝利への道】
火のようなスパイクに 体をぶつけ
飛び散る汗にさえ 一度の青春を
コートの中には 涙もあるけど
強く胸にしみこむ 熱い涙
覚えておくがいいよ 一途に燃えた日を

覚えておくがいいよ 二度と無い日を
あいつのあげたトス たたく時に
心がかよいあう 何もいわなくても

【バレーはつらいよ】
1.悔しかったら やるしかないと
毎日練習に 明け暮れて
苦しくなったら 信頼出来る
そんな選手になりたくて
奮闘努力の毎日で
今日も涙の 今日も涙の
練習で 日が暮れる

2.一人コートで しぼられもした
自分自身が 歯がゆくて
つらい時こそ 頑張るような
そんな選手になってやる
やるぞ見ていろ俺たちは
東京一の 日本一の
バレー部に なってやる!!

まさに圧巻である。本当に強いチームだったのは言うまでもない。男子・女子のチームが存在するが、女子に至っては全日本の代表に選ばれた選手がたくさんいる。男子に関しては実業団・Vリーグで活躍する選手もたくさんいたな~w今も名門たる名門だろうと思う。

そんなチームと練習試合を何度も何度もやったwだが、分があるのはこちらのチームである。何と言ってもルパン三世は172CM、曙は168CM相手は体格が普通の小学生。高くても身長は150中盤。まさに大人と子供である。いや、子供なんだよ?うちのチームだってwww

ま~そんなこんなで、都内では、ほぼ敵なしのチームだった。なんていったって、守護神たる亀三がバックセンに居るので安心して曙とルパンが攻撃できるという図式である。(ホントかよwwww)

※たぶんだがこの二人の身長は間違っていないはず・・・・当時の全国大会のパンフレットがあれば乗せたいぐらいだw

そして、遠征だなんだといろいろなチームと試合を重ね、夏の全国大会へ出場することとなる。

そう『ライオンカップ 10回記念大会』

ま~チームに恵まれた亀三率いるチームは全国大会の会場の東京体育館にステージを移す。当時は出来立てほやほやのどでかい体育館である。バレーボルのコートが4面か5面位作れる体育館である。広さ、天井高はさすがのもの。尚且つ、エアコン完備の体育館なんだなこれがwwww当時は幼いながらにスゲ~ってのは感じていた。

そんな凄い体育館のど真ん中!つまり『センターコート』で決勝戦である。いやね・・・・・マジであんな環境でバレーボールの試合ができるのは凄い人じゃないとないんじゃなかな・・・ホント世界大会に近い会場だったよw


もしかしたら、ユーチューブに動画上げちゃうかもwwww

試合内容はご想像にお任せしますが、もちろん

優勝

たぶん顔までは検索できないかもしれないが、ネットで私の実名が見れる可能性はありますwwww

だから、チーム名も名前も出さずにこれを書いているんですわwwwでもこれが・・・仲間に知れてしまうと筆者が誰かもバレるし、こんな呼び方してたら、必ず飛んできて亀三は怒られるだろうなwwww

10kai.jpg

ちなみに、これが当時のパンフレットwww
なぜおそ松くんだったのかは未だ謎であるwwww

そして驚きなのは、亀三と同年代かいっこ下になるか?有名人が葛飾の名門チームに所属していたのである!
その名も

平野 ノラ


20160815115114.png

これも平野ノラwwww
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当時は、女子も強豪でかなりのチームだったはず。平野ノラも然りだったかな?wwwよく覚えてませんwでも写真見るといるんだよなそれっぽい女の子がwww

小学校はこんな感じ~♬

以上で小学生の部を終了します~www





第1章 亀三の生い立ち ~がっつり小学生(その2)~

亀三の人生と博打と投資
05 /09 2017
こんにちわ~亀三です。

GWが終わりました。みなさまいかがお過ごしでしょうか?亀三は一気に仕事が動き出しもういやになってます。

よく5月病だとかなんだとか言いますが、はっきり言って贅沢病だよな(´・ω・`)

さて、行きましょうかw

3. 亀三の生い立ち~がっつり小学生~(中編2)

前回の記事からの続きです。

あらすじ
小学生になり、テレビの影響で野球が好きだった少年亀三であったが、なんと!ことの流れから、バレーボールを始めたw
同学年の奴との勝負に負けた亀三はバックセンターというポジションを与えられたのである。


というわけで、バックセンターになった亀三だが、まー強豪だとか名門だとかのチームではなかったので、その辺の小学生よりは少しだけバレーがうまい程度だったかな。

そうだね~、ブルーハーツのリンダリンダリンダが流行った頃かな?

そんな時代に衝撃的なことが起きたのである。

そう、転校生の登場だ。ここからわがチームの変貌が始まる。

あれはクソ暑い夏ぐらいだったろうか?練習の休憩中だった。体育館の入り口の階段で座り休憩していると、彼はやってきた。

奴は母のママチャリの後部座席に座っていた。鋭い眼光のホリが深い目。小学生とは思えない太い腕。肌はほんのり黒く、全体的に丸い。が身長がでかい!

そう、例えるなら、
相撲取りの曙である



彼、小学生4年ぐらいだったが、身長は160センチ体重68キロ。柔道が強そうな肥満児だ。

彼は母親に連れられ、バレーボールの世界に入ったのである。

そして、その半年後ぐらいだろうか?また仲間が増えるのである。

彼は今でもバレー界で飯を食うツワモノになる少年であった。

当時、身長168センチの彼。亀三の身長は140センチ台。

はっきり言おう!

とにかくでかい!

そして、大人になるったイメージは



とまー朝礼で並ぶ時は2人とも一番後ろになる2人だった。

こうして、同学年4人が揃い本格的にチームの柱が揃ったのである。


そんな4人の人生を大きく変える出来事が、5年生の半ばぐらいだろうか?当時、いや、今もだが、小学生の男子バレーは人気がなく、試合に出れないチームも多々あるのが現実で、人数はいても、試合では揃わず。なんてことが多かった。

そう。わがチームも4人が5年生、あとは2年生と3年生で、チームのバランスは決してよくはなかった。

が、後から出てきた2人、10年に一度チームに現れるか?!というほどの体格である。これを見過ごすわけがあるだろうか?

そう、隣町のチームとの期間限定の合併である。都内で隣町ってのも違和感があるが、それぐらいチーム数は少なかった。


ということで、亀三のチームはとてつもない力を秘めた組織となるのである。

ライオンカップ(当時の小学生全国大会)まであと1年というぐらいのタイミングだったろうか?

当時の亀三たちには、全国大会がどんなものかもわかっていない田舎者の感覚だった大会である。
死にものぐるいで、ただボールを追いかけ、走り回り、監督、コーチにひっぱたかれw

練習の日々が続く_:(´ཀ`」 ∠):

続く(´・ω・`)また伸びたw


第1章 亀三の生い立ち~ガッツリ小学校(その1)~

亀三の人生と博打と投資
05 /07 2017
こんにちわ~亀三です。

何て言うか、GWって仕事が進まない・・・これが一番の苦痛だなw
車で移動することが多い亀三ですが、普段運転なんてしない人が多いようですね~俗にいうサンデードライバーってやつですかね?『隣の車線確認せずに車線変更』、『2車線から1車線の合流で合流ポイントから離れたところで合流したがり、前はガラガラなのに・・・』な~んて心で思いながらも巧みなアクセルワークで飛ばしています!

さて、次行ってみよう~

2、亀三の生い立ち~さっくり幼少期~(中編)

マヌケな亀三こと亀三ですが、小学校時代はもしかしたらものすごく輝いた6年間だったのかもね~。体も心もやはり一番成長したのではないかと思います。変声期も小学校だったかな~。

少年亀三は、小学校に入学し、スポーツとかの運動に苦を感じず、元気いっぱいの少年でした。父親もまだまだ体が動く歳だったので、親子のコミュニケーションの定番キャッチボールを暇さえあればやってましたね~wwそのころはまだまだボールを投げるのが下手くそでしたが、キャッチはうまかった方じゃないかな~w

当時は私の住んでいる東京では夜テレビをつければだいたい巨人戦がやってましたからね~w黙っていても巨人ファンは量産されるんですよ~東京は~wwwうちの父親も当然ながら巨人ファンだったのだろうと思います。

亀三は、そのテレビの中で応援したのは松本・篠塚でしたw結構シブイでしょ?wwwキャッチボールのキャッチが得意だったのは、篠塚のプレーに憧れてなのかもしれませんw

『はしれ~はしれ~2塁ベースへ~ららら光より早く~青い稲妻~♬』
『右に左に篠塚~レフトヘライトへ篠塚~♬』

この二人の応援歌は大好きだったな~wwちなみに小学校1年生のクリスマスプレゼントは『巨人軍応援歌』のカセットテープでした~ワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノワーイ

当時の巨人と言ったら、クロマティと原辰徳ですかね活躍していたのはwあとはピッチャーは江川卓。キャッチャー山倉wめちゃくちゃ懐かしいわ~w

ということで、ここまで野球の話を振っといてなんですが・・・・・

亀三は小学校2年生になり、バレーボールを始めるのであるwwwwwそのきっかけは母親がママさんバレーをやっていて、そこに連れていかれたのです。そしてママさんバレーの前に体育館を使っていたのが、小学校のバレーチームでした。当時はまだまだバレーボールは女の子がやるスポーツ的ないじめを受けることが多かったな~w

そして、ここから亀三はスポーツマンとしての扉を開くことになるのである。

とはいえ小学校2年生の体格や体力でスパイクや回転レシーブなんて花形のプレーができるわけでもないので、実際4年生ぐらいから本格的にバレーの世界へ歩み始めた。当時は男子チーム総勢8人で同学年が1人あとは年上というチーム構成だった。いわゆるベンチを温める下っ端だったのである。

そして、5年生になり、チームの一角としてレギュラーとなる。そして亀三の人生を大きく変える戦いがそこにはあったのだ。

そう・・・・・

セッターか?バックセンターか?の対決である。
勝った方がセッターとなり負けたほうがバックセンターという勝負である。

試合方式は次の通りである。

1、トスを上げる。
2、仲間がスパイクを打つ
3、コート内に決められる回数を競う

まさに熾烈な争いであった・・・・。スパイカーが下手くそだと点数が稼げず・・・・スパイカーがミスれば点が取れない・・・・だからより丁寧に・・・・この戦いは30分に及び・・・・。結果亀三は

負けたw

これをきっかけに同学年の奴はセッターとなり、亀三はバックセンターとなる。

説明しよう~のコーナーですw
バックセンターとは、写真の図でいうところの『6番』のポジション
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皆さんご存知だと思うが、バレーボールはサーブ権が動くとローテーションと言ってポジションが時計周りに移動し前衛→後衛→また前衛といった具合に動くのであるが、亀三のバックセンター(別名 バックセン)というポジションにはローテーションがないんです。つまり、後衛の真ん中に固定されていて、そしてサーブも打てないポジションである。

ま~かっこいい解釈をすれば!
守備のかなめ!、守りのエキスパート!、守護神!
ま~悪い解釈をすれば・・・・・
お前は前衛じゃ役立たずだから、後衛で玉拾いしなさい!

ってことで亀三はバックセンとしてチームに貢献することになるのだ。
最近のバレーボールの試合を見たことがある人はわかると思うが、リベロと言うプレイヤーの発祥だと思っても過言ではない。

バックセンは体か小さく、前衛での活躍が厳しい体格の人でも活躍の場を与えたいという気持ちから生まれ、リベロもやはりその流れを汲んだシステムなのである。実際、全日本や世界各国のリベロの選手は攻撃もいくらでもこなす人が多いのだが・・・中にはランニングジャンプ130cmのバネを持つ超人も数多くいる・・・・

スポーツは体格じゃないといわれるが、実際はでかいやつの方が常に有利なのである。その証拠に大相撲では身長167cm以上、体重67kg以上の新弟子という条件が付けられたり、バレーボール界では選抜チームの選定条件の中に180cm以上と条件が付けられたりするのである。

これではどんなに頑張ったチビでも世界で活躍の場を与えられないのはさすがに寂しいよねw


なんか熱く語ってしまったので長くなってしまったwwww
いったん休憩~( ^^) _旦~~

続く

P.S 章立ての計画がどんどん枝分かれしていくため、終着駅が遠くなってきてますwww

ということで、今回のキーワードは『スポーツ・小学生・身長』ということで、スポーツをするお子様におすすめの商品を探してみました。何と言っても成長期にどれだけ骨を育てるか!これが後々の大人になったとき骨太であることはとても大切なことと思いますw原始的な考え方ですが、亀三は毎日煮干し食ってましたwwww



第1章 亀三の生い立ち~ざっくり幼少期~

亀三の人生と博打と投資
05 /06 2017
おはようございます。亀三です。

GWの赤日が終わりましたね。

みなさまいかがお過ごしでしょうか?亀三はFXで順調に資金が減ってますが・・・。

さて、前回の記事にて亀三の人生観的なものを書いてみようということで見切り発車したこの企画ですが、すでに言い出しっぺの責任に強いプレッシャーを感じてますwww

では、気持ちが続いている間にスタートいたしましょうか(´・Д・)」

1、亀三の生い立ち~ざっくり幼少期~(前編)

ちゃ~ちゃららら~らら~ ちゃ~らら~ちゃ~ららららら~♬

1978年6月3日、東京都足立区に生を受け、姓は亀、名は三、人呼んでマヌケ亀三と申します。
(男はつらいよ風に)

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ど~せおいら~は、マヌ~ケな亀三、わかぁっちゃいるん~だ、妹よ~♬

妹はいません(´・Д・)」

ということで、0歳~小学校入学までほとんど記憶がありませんwwwいやホントに。

記憶にあるのは保育園時代に砂場で喧嘩して砂まみれになった・・・。相手は血だらけ亀三は砂だらけ・・・そう・・・マウントを取られても怯むことなく殴り続け相手を圧倒したそうだ・・・・それ以来、喧嘩という喧嘩を売りもしなければ買いもしない人間と成長したのである。

口の中に入った砂をいつまでも噛みしめた・・・・それ以来『ジャリっ』という食感が嫌いになったwその後遺症は今もなお、しじみ・あさり・ホタテの砂が苦手な病的な後遺症となっている。

亀三の成長してきた環境は、結構いい意味で異質な環境といってもいいだろう。

一般的な家族構成で捉えると、両親・姉・亀三の4人家族である。が・・・・
亀三的な家族構成で言うと・

祖父・祖母            2名
父親・父親の兄・父親の弟  3名
上記の嫁             3名
祖父から見た孫         7名
合計              15名

こんな家族構成イメージである。

なぜなら・・・・祖父と父親兄弟の長男が同居している家から2件並んで兄弟の家が建っているのである。
祖父は相当な資産家だったようだが、3兄弟が遊びすぎて本来あるべきものを切り売りしたという噂だが、東京にこれだけの土地を所有するのはかなりのものだと亀三は思うwww

子育てする親からすれば、最高の環境でもある。面倒見れない場合、どちらかの家に子供を預けられるし、しかも隣という環境である。ま~最も親兄弟3人が自営業者だったので、そんな心配もほとんどなかったかなw

この環境は亀三には過酷でもあった。

いわゆる『いとこ』一番年上が真新しい物を買う→サイズが合わなくなる→次のチビへ→合わなくなる→次のチビへという物流が主流であった。亀三はいとこ7人の中で下から2番目www

想像がつくだろうw一番印象が強いのは生まれて初めての自転車である。

568968600ALL.jpg
(トイザラスの商品販売ページよりコピペ)

そう・・・キャンディーキャンディーの絵をあしらった当時の高級車である。何と言っても補助輪がオプション装備!さらにメロディーが流れるボタン式クラクション!(私が引き継いだ時はすでにならなかった)
イメージ的にはこんな感じである。これが傷だらけ錆だらけだったものを真っ黒に塗りつぶした自転車が与えられたのである。『夢も希望も塗りつぶしてしまえ』てきな外装そうである。つやの無い黒wwww

私は大人になり、その自転車を思い出す度に『ブラックドリーム号と』呟くのである。

さらに!この自転車の経年劣化は著しく、ブレーキを強く握るとワイヤーがビョーン!と外れるびっくり箱的装備となっている。
(そろそろ自転車ネタはやめにしとこう・・・・)

これが小学校に入る前の思い出というか記憶wwwwかな~。15人でマイクロバス乗って泊まりでスキー行った話とかあるらしいが、亀三の頭の中にはその光景がよみがえることはない・・・・。

自分で読み返したら、少し思ったw

幸せな環境で育ったのは間違えないが、どことなく根に持つタイプなのか?おれw










GW終焉を迎えて

亀三の人生と博打と投資
05 /05 2017
こんにちわ~亀三です。

ちょっと先日の記事にコメントをいただいて『なるほど面白いことをする人がいるんだな~』なんて思いました。内容的には、『あなたの10年以上の投資経験についてレポートさせていただけませんか?』というもの。

コメントいただいた方には失礼かもしれませんが、イマイチこういうのは信用できないというか、私は人見知りがあるので、ブログに好き勝手書き込むのは得意ですが、誰かのためにかしこまったコメントや論述は正直な話苦手ですし、私の失敗が・・・・ま~これ以上書いても仕方ないので、やめにしよう。でもね・・・少しは興味があるんだけど、お金を取られるんだったらやらないよ~wwww(ここから下は上記のものとは関係ありません)

よくあるじゃない?無料だ体験だってやってみると確信に触れる部分は結局有料ってやつwそんなことに何度も捕まってきた亀三ですから、ちょっとやそっとじゃ騙されない(?)wwwま~無料で有料商材を売ってるところを紹介しますってことなんだよねたいていのセールスってww

亀三は不動産業者で汗水たらして働いております。不動産会社って言うと〇千万クラスの売買契約ってイメージが一番初めに出てくると思いますが、そこではセールストークをガンガン使いますが、亀三は賃貸管理って部分にいます。いわゆる住んでいる人のために動き、大家さんの為に奔走するという役割です。

物件探しの人を相手にするのではなく、住んでいる人や賃貸の経営をしている人の間に立つ仕事ですね~。

細かいところは話しても仕方ないのですが、そんな中で言葉巧みに人を動かし、そこに自分の利益を生んでいくのは結構骨が折れるし、利益額も微々たるものですwここから先の話は世間に知られたくない話も出てきますが、内緒ですwww


さて、タイトルの如くの内容を進めましょうか~wここからは章立てにしていきましょう~

1、亀三の生い立ち
2、亀三とギャンブル
3、亀三と投資
4、投資とギャンブルの雑感
5、投資とはすばらしき物
6、投資はお金持ちの不労所得?
7、なんだっていい夢を投資に乗せて
8、金があれば便利、無ければ不便、あった方が良いよね

こんな感じで書いていこうと思ったけど、残念ながら気まぐれな亀三だけにお約束できるかな?www


ということで、この記事は一般的に言うところの『はじめに』ってことでこの記事を閉じま~すwwww



亀 三

2017年はサンキューの年になります。
東京の下町に生まれ育ち、院卒という学歴がなんの役にも立たず、むしろネタにされる人生w10年以上の投資経験がありますが、生涯マイナストレーダー。賃貸管理の仕事をしています。入居してから退去するまでが私とのお付き合いの期間です。